今月の病気⑩ 肥大型心筋症
肥大型心筋症
循環器科 阿部素子
今回は猫の循環器疾患の中で多く見られる肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy; HCM )についてです。
肥大型心筋症は心室の筋、特に左心室の壁が内腔に向かって厚くなり、かつ線維化するなどして内腔が狭くなり、硬くなってうまく拡張できなくなる疾患です。左心室の壁の全体が均一に厚くなる場合もありますが、部分的に厚くなるものもあります。
左心室に入る血液の量が減り、全身へ送る血液は減ってしまいます。
また、左心室の圧が上がり左心房からの血液が入りにくくなって、結果的には左心房圧上昇、肺での圧力もあがり、肺水腫や胸水の貯留を起こすこともあります。
メインクーンやラグドールでは遺伝子との関連も知られています。この2種のほか、アメリカン・ショートヘアーやスコティッシュ・フォールド、ブリティッシュ・ショートヘアーでは多いとも言われますが、短毛雑種でも珍しくはありません。
診断は胸部レントゲン検査での心拡大の有無や胸部超音波検査での心臓の形態、血流の状態などで行います。
心拡大が進むと、レントゲンをうつ伏せで撮った時(DV像)の心臓の形がハート形を呈することもあり、バレンタインハートとも呼ばれています。(下図)
猫の胸部レントゲン写真:左は正常な心臓形態の猫。右は肥大型心筋症の猫。
超音波検査では心筋、特に左心室の心筋が厚くなっているのが確認されます。(下図)
心臓の超音波画像(右下大動脈流出路像):左は正常な猫の画像。右は肥大型心筋症の猫。
厚い心室中隔(左心室と右心室を隔てる壁)によって大動脈への出口が狭くなる閉塞性肥大型心筋症では、狭い通路へ血液を押し込むために心筋の負担はさらに大きくなります。
この時、大動脈への出口のすぐそばにある僧帽弁(左心房と左心室の間にある弁)が速い血流に引き込まれると、僧帽弁が開いてしまい、左心房への血液の逆流を起こすこともあります。これによって左心房の圧力が上がり、肺水腫や胸水を引き起こしやすくなります。
心臓のカラードップラー超音波画像:左は正常な猫の画像。右は閉塞性肥大型心筋症の猫の画像
この病気は進行性です。聴診での心雑音、不整脈の聴取で発見されることもありますが、初期には特に症状もなく上記のような画像検査をしなければ気づかれないことも多い疾患です。
肺水腫や胸水貯留、あるいはこの疾患に絡んで起こる可能性の高い動脈血栓塞栓症は、発症すると大きな苦痛を伴い、しかも致命的な症状です。(注:血栓症はこの疾患にかかわらず発症することはあります。)
この病気についてはまだ全て解明されたわけではなく、予防することはできません。
ですが、早期にこの疾患の可能性が高いことがわかれば、循環を改善する薬剤や血栓を生じにくくする薬剤を使用することで、苦痛を伴う症状の発症リスクを下げられる可能性はあります。この疾患にかぎりませんが、病気の早期発見のため、外見上元気な時でも画像検査を受けていただければと思います。