9月のセミナーのお知らせ
僧帽弁閉鎖不全症
循環器科 阿部素子
循環器の病気の中で多いものとして、犬では僧帽弁閉鎖不全症、猫では心筋症があげられます。
僧帽弁閉鎖不全症は名前の通り心臓の中にある僧帽弁という弁がきちんと閉じずに心臓内で血液の逆流を生じてしまう病気です。
僧帽弁は左心房と左心室の間にあります。正常では左心房が収縮して左心室が拡張する拡張期には開いて左心房の血液がスムーズに左心室に流れ込みます。左心室が収縮する時には閉じて、左心室内の血液のほとんどが大動脈に流れ込みます。
収縮期に僧帽弁がきちんと閉じず、左心室の血液の一部が左心房に戻ってきてしまう(僧帽弁逆流)ことで生じる病態を僧帽弁閉鎖不全症と言います。
僧帽弁がきちんと閉じなくなる原因はいくつかありますが、僧帽弁の弁膜症(僧帽弁粘液腫様変性)によるものが多く見られます。マルチーズ、シーズー、ヨークシャーテリアなど小型犬に多く、近年ではチワワの症例がよく見られます。
中〜高齢犬に多いのですが、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルでは若齢での発症も見られます。
初期には症状は見られず、逆流の音がわずかに聴診される程度です。
逆流量の増加に伴い、心拡大が起こり、咳や左心房内の圧や左心室圧の上昇からくる肺のうっ血、肺水腫といった症状が見られるようになります。
病状の進行は個体差があり、数年かかって少しずつ進むケースもあれば、ほぼ無症状から一気に重度の肺水腫が起こって最悪の場合、命を落とすこともあります。
診断は聴診による心雑音の聴取、レントゲンによる心拡大、超音波検査による僧帽弁の肥厚・変形や僧帽弁を引っ張っている腱策の伸展・断裂、血液逆流の様子を確認することなどで行なっていきます。
心拡大のみられない胸部レントゲン(左図)と左心房領域(黄色円内)の拡大した症例の胸部レントゲン(右図)
僧帽弁逆流のない症例の心エコー画像(左図)と僧帽弁逆流のみられる症例の心エコー画像(右図)
この病気はステージ分類されています。
現在使用されているACVIM(American College of Veterinary Internal Medicine : アメリカ獣医内科学会)の分類は表の通りです。
ステージによって治療のガイドラインが示されています。
ステージA | 心不全に罹患するリスクの高い犬種であるが、気質的変化を認めず、心雑音は聴取されない(小型犬・Cavalier King Charles Spaniels) |
ステージB
ステージB1 ステージB2
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慢性弁膜症など心臓の気質的変化が存在するが、うっ血性心不全(肺水腫)の兆候はみられない。
血行動態的に顕著な僧帽弁逆流はなく、心拡大がない 血行動態的に顕著な僧帽弁逆流があり、心拡大がみられる |
ステージC | 現在または過去に心不全兆候がみられるもの
急性期には入院治療を要することもあるが、慢性期には自宅での治療が可能な状態 |
ステージD | 標準的治療に抵抗性の難治性心不全の状態
入院治療を必要とする 許容できる最大用量の利尿剤を使用し、不整脈に対する抗不整脈薬が必要な場合もある |
ACVIM Consensus Statement におけるステージ分類
Atkins C, Bonagura J, Ettinger S, et al(2009): Guidelines for the diagnosis and treatment of canine chronic Valvular heart disease. J Vet Intern Med, 23, 1142-1150
治療は投薬による内科療法と、外科治療があります。
内科治療はステージごとに推奨される薬剤があり、個体の状態にあわせてそれらを組み合わせていきます。循環器の専門家の間でも推奨するかしないか意見の分かれる薬剤もあります。同じ僧帽弁閉鎖不全症の同じステージでも、個々の症例で併発疾患や状態が異なりますから、それぞれの状態に応じて、適切に治療内容を選択して行く必要があります。
外科治療は日本でも限られた施設でしか行うことはできません。国内で主に行われている僧帽弁閉鎖不全の外科治療は僧帽弁修復術といい、悪くなった僧帽弁の形を整え、拡がった弁の周囲を縫い縮め、切れてしまった腱索(僧帽弁を左心室に繋ぎ止めているスジ)を人工のもので再建するというものです。
当院および近隣にはこのような手術を行える施設がありませんので、希望される場合、遠方になりますがご紹介させていただいております。
内科治療にせよ外科手術にせよ、命に直結する心臓の病気です。
まずはなるべく早く病気を発見し、治療に入るべき時期を適切に見極めることが大切です。
この疾患になりやすいとされる犬種や、ワクチン接種時などに心雑音を聴取された場合には定期的に心臓の検査を受けていただければと思います。
硬性鏡を用いた外耳炎治療
耳科 高村文子
外耳炎は様々な原因によって起こりますが、治療で大事なことは耳道内をきれいに洗浄することです。ただ、通常の診察室内での耳道洗浄は動物の協力が得られない限り、なかなか鼓膜付近まで洗浄することが出来ません。というのも、犬の外耳道は構造的に垂直耳道と水平耳道に分かれてL字型になっているので、なかなか奥まで届かないのです。
そこで、用いるのが硬性鏡です。硬性鏡は硬い内視鏡のようなもので、耳の奥までモニターに映すことができます。横についた鉗子孔から鉗子を入れれば、耳の奥にできた腫瘤の一部を取って病理検査に出したり、異物(ノギなど)を除去したりできます。レーザーを入れれば、腫瘤を焼絡することもできます。これが一番のメリットですが、チューブを入れれば、鼓膜付近まできれいに洗浄することができます。デメリットは、麻酔下でないと完全な処置ができないところでしょうか。
外耳炎がなかなか良くならなくて困っている飼い主さんは多いと思います。その難治性外耳炎がなぜ起こっているのかという原因を突き止め、徹底的な洗浄をし、適切な治療法を見つけるためにも、硬性鏡を用いる価値は大いにあります。
今回の症例は、ノギが外耳道の奥に入り込んでしまったため、なかなか外耳炎が治らなかった犬です。ノギとは、イネ科の植物にみられる棘状の突起のことで、その形から、一回入り込んでしまうと自然に排出されるのは難しいのです。この症例は、麻酔下で硬性鏡を用いて、左右の外耳道から一つずつ異物であるノギを摘出し、徹底的に洗浄しました。この処置により、外耳炎は良好にコントロールできています。もともとアレルギー性の外耳炎持ちだったので、治療は継続していますが、1~2カ月に1回程度通院での耳道洗浄のみで維持できています。
写真1:硬性鏡
写真2:症例の耳道内の様子
写真3:ノギ