今月の病気⑪ 膝蓋骨内方脱臼
膝蓋骨脱臼
外科 淺田慎也
今回は犬の膝蓋骨(膝のお皿)の脱臼についてです。膝蓋骨の脱臼は、肩関節や股関節の脱臼のような「外れると動かなくなる・とても痛い」というものではなく、走ったときにスキップのようになる程度のほとんど症状がないものが多いためご家族の方も気づきにくい病気です。しかし、治療せずに放っておくと大腿骨などが変形したり、前十字靭帯の損傷により急激に跛行が悪化する場合もあります。ヨークシャーテリア、トイ・プードル、チワワなどの小型犬でよく認められ、関節疾患のなかでも発症する数が多い疾患の一つです。今回は小型犬で認められる膝蓋骨内方脱臼に関して、前編として「症状と診断」についてお話しします。
正常な膝は大腿骨と脛骨が靭帯と筋肉により繋がっています。膝の上を走る靭帯が膝蓋靭帯で(図1、2)、靭帯の裏には膝蓋骨があります(図3)。膝蓋骨が大腿骨の溝(滑車溝)(図4)をスムーズに動くことにより膝を曲げ伸ばしします。
図1 図2 図3
図4 図5
膝蓋骨脱臼というのは滑車溝から膝蓋骨が外れている状態のことを指し、小型犬で認められるものはほとんどが内側に脱臼(内方脱臼)しています(図5)。
小型犬で発症する膝蓋骨内方脱臼はそのほとんどが先天的なもので、原因となる骨格の異常を持って生まれ、それが成長とともに進行して脱臼が発症すると考えられています。したがって多くの犬で左右差はあるものの両側で発症しています。
診断は触診により行われ、特別な検査は必要ありません。しかし小型犬でよく認められる股関節の疾患との鑑別のために後肢のX線検査をすることがあります。また外科手術の計画のためにはX線検査が必要です。手術については後編でお話しします。
膝蓋骨内方脱臼は状態により4段階に分類されます。簡単に説明すると、
グレード1〜2の状態では、症状はほとんどないため病院での健康診断などで発見される場合が多いです。ご家庭では抱っこなどしているときに、後ろ足がカクッとなる感じが経験されることがあります。この段階では、治療が必要になることは少ないですが、体重管理や過度な運動を控えたり、床材を滑らないものに変えるなどして悪化させないことが重要になります。
グレード3以上になると膝蓋骨が常に外れた状態になるため、走った時の跛行が目立ったり、骨の変形が認められるようになります。
図6は正常な犬の後肢、図7・8はグレード3の内方脱臼の犬の後肢の写真です。
図6 図7 図8
このように膝蓋骨脱臼が進行し、常に後肢に負荷がかかった結果、いわゆる「O脚」のように後肢が変形していきます。図7の状態からさらに進行すると図8のように足先が交差するほど変形してしまいます。これがさらに悪化すると膝の屈伸が困難になるため、跛行も顕著になってきます。
X線画像上でも変化が顕著にわかります。図9は膝蓋骨脱臼がない小型犬の画像で、図10がグレード3の内方脱臼の小型犬の画像です。
図9 図10
見比べると膝蓋骨が外れていることのほかに、正常犬では真っ直ぐの大腿骨が図10では内側に湾曲していること、脛骨粗面が内側を向いていることがみてわかります。
このような骨の変形は膝蓋骨が常に外れた状態になるグレード3以上で顕著になっていくため、当院では変形が激しくなる前の手術をお勧めしています。ただし、脱臼があるからすぐに手術が必要になるわけではなく、若齢時にグレード2の状態だったとしても適切に管理をすることで悪化することなく一生を過ごすケースもあるため、グレード2以下の症例では定期的に触診を行い、グレードが進行した時点で手術の相談をしていくことになります。また、グレード3以上であったとしても高齢の症例の場合は、手術の負担などを考えてお勧めしないことが多いです。手術の適応も症例によって様々なので、手術が必要かお悩みの場合は診察をお勧めします。
次回は、実際に手術についてお話しします。